熊本の老舗醤油メーカー・フンドーダイが手がけた「透明醤油」は、発売6年で150万本を売り上げる大ヒット商品となった。開発を主導したのは製造現場の社員たち。「そんなもの売れるのか」と誰も信じなかった試み...
熊本の老舗醤油メーカー・フンドーダイが手がけた「透明醤油」は、発売6年で150万本を売り上げる大ヒット商品となった。開発を主導したのは製造現場の社員たち。「そんなもの売れるのか」と誰も信じなかった試みが、会社を変え、働く人たちの意識を変えた。フリーライターのサオリス・ユーフラテスさんが、その舞台裏を取材した――。■値段は“普通の醤油”の約4倍「え、醤油が透明?」取材前にネットで「透明醤油」を取り寄せた。1本100mL入って500円。冷蔵庫の横に入る200mL入りの小さな醤油で250円くらいなので、普通の醤油のおよそ4倍の値段だ。透明な液体を小皿に注ぐ。見た目は完全に水。疑いながら舌に乗せてみると、確かに醤油の旨味と塩味が広がる。見た目と味のギャップに、脳が混乱する。サーモンにかけてみた。当然、色はそのまま。しかし、旨みは確実に増している。黒い醤油よりマイルドで、素材の色を活かしながら味を引き立てる。「もっといろいろな食材に試してみたい」初めての体験に好奇心がくすぐられる。この常識破りの製品を生み出したのは、意外にも醤油の醸造を始めておよそ150年の歴史を持つ熊本の老舗企業だった。その名は、「フンドーダイ」。戦国時代末期に熊本の名主・大久保家が両替商、造り酒屋として創業。熊本を代表する「赤酒」を量り売りしていたことに由来した「分銅」と、大久保家の「大」から社名が付けられた。1869年の業態転換により、醤油造りをはじめた。そのフンドーダイは、2019年2月、「透明醤油」を発売した。当初1万本売れたら御の字だと思われていたなかで初年度40万本を売り上げた。発売から6年目となる2025年5月時点で150万本を記録する大ヒット商品となった。それまで醤油を使わなかったフレンチやイタリアンなど和食以外の料理人たちの間でも使われるようになり、海外でも売り上げを伸ばしている。ミシュランの星付きレストランでも採用された。150年の歴史を持つ老舗がなぜ、型破りな透明醤油をつくることができたのか。その答えを求めて、熊本市北区楠野町にある本社工場を訪れた。■150年生きる酵母菌が造る醤油「ここに菌がいるんですよ」製造部兼情報システム部次長の上野宗康さんが、醤油蔵の黒ずんだ壁を指さす。一見すると汚れのようにも見えるが、これこそが156年の歴史の証しだという。上野さんは、地元熊本の大学を卒業後、フンドーダイへ入社して24年目の社員だ。営業、物流、企画などの部署を経験する各部門をつなぐ人物だ。用意してもらった作業着一式を身につけ、もろみ蔵に足を踏み入れた。ジトっと湿度があり蒸し暑い。ネットを被った頭から滝のように流れ出る汗が目に沁みる。マスクをつけているが、香ばしく酸味を帯びた醸造酒のような芳醇な香りが鼻をかすめる。「もろみが発酵している香りです」と上野さん。どこかで嗅いだ覚えがあると思ったら、食卓に並ぶ「もろきゅう」のもろみの香りだ。蔵には48の巨大なタンクが並ぶ。空のタンクを覗き込むと、底の深さにギョッとした。「5mあるので落ちたら怪我します、足元に気をつけて」と上野さんの言葉に足がすくむ。ひとつの穴に4万Lのもろみが入り、6カ月かけて発酵させる。タンクのなかではボコボコと音を立てながら発酵が進む。定期的に空気を送り込み、上下を混ぜる。全てのタンクのもろみを毎日確認しながら、半年間管理を行う。「醤油をつくるのは菌です。僕たち人間は菌が働きやすい環境を整えるだけ」驚いたのは、この蔵が昭和48(1973)年に現在地に移転した際、旧工場の木材をわざわざ運び込んだという事実だ。「菌ごと引っ越したんです。菌がいないと醤油はつくれませんから」■「もろみ」づくりに6カ月そもそも醤油づくりは、驚くほど手間がかかる。仕込みから醤油が完成するまでに半年の月日を要するのだ。蒸した大豆と炒った小麦に麹菌を植え付け、塩水を加えて発酵させる。これが「もろみ」だ。6カ月間、毎日空気を送り込みながら発酵を続け、ようやく絞れる状態になる。ミルフィーユ状に重ねた500枚の布にもろみを注ぎ込み、プレスしていく。1日の仕込み量は6万リットル。3日かけて仕込む作業を週2回。1日に絞れるのは1万5000リットル。ふたりがかりの手作業で、4日かけてようやく1回の仕込み分を絞り終える。もろみを絞った「生揚げ醤油」に火入れ殺菌を行い、濃口醤油が完成する。「自社で一から醤油を作っているのは、全国1000社の醤油メーカーのおよそ2割だけです」上野さんによると、「生揚げ醤油つくり」に自前で取り組むメーカーが減少するなか、フンドーダイは自社製造を続けてきた。この受け継がれてきた伝統的な製法と技術力が、後に透明醤油を生み出す土台となったという。2時間かけて蔵と工場を見学して思ったことがある。これほどの時間と手間をかけてつくられている醤油、もっと大事に味わいたい。そう思わされる製造工程だった。■老舗にやってきた「素人社長」この伝統的な製法を守り続けてきたフンドーダイに転機が訪れたのは、2018年のこと。「当時は、みんな疲れてましたね」と上野さんは振り返る。2014年、多角化による事業再編に伴い、代々続いてきた大久保家15代目が社長を退任。農業や介護食の会社などと経営統合するも、経営は上手くいかず、追い打ちをかけるように2016年には熊本地震により取引先も影響を受けた。「この先どうなってしまうのだろう」先が見えない不安が社内を覆っていた。そこへ社長として着任したのが山村脩さん、当時50歳。野村証券で10年、金型ベンチャーのインクスで10年、農業法人5年。150年続く老舗のトップとしてファンドから送り込まれてきたのは、食品業界の経験ゼロ、醤油とは無縁の経歴を持つ男だった。■服につけても汚れない醤油があったら……就任早々、山村社長は「150周年の記念に新商品をつくる」と宣言。社内の各部署から10人ほどを集め、新商品開発プロジェクトを立ち上げた。地域の幼稚園でアンケートを実施した商品開発室は、「子どもが服につけても汚れない醤油があったら」という保護者の声を拾い上げた。その声をヒントに、室長の早田文子さんが透明醤油のアイデアを持ち込むと、山村社長は意外な反応を示した。「うちの技術でそんなことできるんだ。面白い、やろう」即決だった。しかし、社内の反応は違った。「最初は『こんなもの売れるのか』とみんな半信半疑でした」と上野さん。「老舗がやることじゃない」「恥ずかしい」「インスタ映えを狙っただけ」と社内の反応は冷ややかだった。長年、社長同士の付き合いのあった大手取引先からは、「ちょっと振り切りすぎでは?」と会社の将来を心配する声も聞こえてきた。「僕は得意先のPB製品も担当していたので、突飛な製品の相談には慣れていたんです。それでも透明醤油には、さすがに『売れるのかな?』って思いましたね」と上野さんは、当時を振り返る。■1年かけた開発、そして完成へ社内の反対をよそに、山村社長は突き進んだ。しかし、開発は困難を極めた。変色の問題が浮かび上がったのだ。醤油を透明にすることはできても、時間が経つと色づいてくる。変色を防ぐ原料選定に1年を要した。山村社長には、発売時期を見据えた明確なロードマップがあった。目標に向けて、開発チームの背中を押し続けた。社長の言葉に、現場は必死に応えた。新商品開発プロジェクトのひとりとして透明醤油のプロジェクトに携わった上野さんは、当時をこう振り返る。「正直、プレッシャーは相当ありました。でも、『やろうぜ』という社長の熱量が、開発を前に進める原動力になりました」そして2019年、ついに透明醤油が完成した。■醤油を透明にする「引き算」の技術ところで透明の醤油は、一体どうやって作られているのか?途中までは工場見学させてもらった通常の濃口醤油と同じ作り方だという。一般的には、生揚げ醤油に火入れを行い濃口醤油が完成するが、その濃口醤油特有の風味は残し、黒い色素を含む成分を「引き算」することで、醤油が透明になる。この「引き算」の技術こそ、フンドーダイの強みなのだ。フンドーダイは長年、醤油を分離精製する技術を研究してきた。その成果のひとつが「減圧濃縮脱塩法」という特許技術だ。風味となる香り成分を極力損なわずに、特定の成分だけを取り除く精密な分離技術により、塩分を50~57%カットした減塩醤油や、アルコールを抜いたハラール向け醤油も製造してきた。「PB商品開発を行うなかで、お客さんのいろんな要望に応えようと商品開発室は技術を磨き続けてきたんです。そのことも透明醤油の開発につながっていると思います。技術は、あったんです」上野さんが言うようにフンドーダイには、醤油の色を抜く技術自体はあった。しかし、それまで誰も「透明な醤油を売ろう」とは考えなかった。150年の醸造技術に独自技術がかけ合わさり、醤油を知らない素人社長の登場により、透明醤油は世に出ることになった。■世界が認めた透明醤油2019年1月、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」で透明醤油が紹介されたことを皮切りに、全国ネットの情報番組で取り上げられると、問い合わせが殺到した。大手スーパー、百貨店、誰もが知るビッグネーム企業から「うちで扱わせてほしい」という声が相次いだ。2月に正式販売されると100mL500円という高価格にもかかわらず、当初目標の1万本を瞬く間に達成。初年度だけで40万本を売り上げた。「ひとつの製品で年間40万本売り上げるなんて考えられない。しかも、一般的な醤油に比べてだいぶ単価の高い醤油ですよ……」上野さんの興奮気味な口ぶりに、いかにそれが業界でも異例の事態だったのかが伝わってきた。「白身魚のカルパッチョに使っても色が変わらない」「モッツァレラチーズが茶色くならない」食材の色を生かした料理や、旨味の隠し味としても使える透明醤油は、料理人たちの創作意欲を掻き立てた。これまで醤油を使うことのなかったフレンチやイタリアンのシェフたちが使うようになり、ヨーロッパのミシュラン星付きレストランも採用を決めた。料理人からの要望に応えて、業務用の1Lボトルも発売された。独自技術により黒い色素を抜いたことで、伝統製法で作られる老舗の「醤油」は和食の枠を超え、世界へと広がっていった。■取り戻した自信とプライド透明醤油がもたらしたのは、市場へのインパクトだけではなかった。「『自分たちでも売れるやん』って。社員のなかに『うちの製品はすごいんだ』という自信が生まれたんです」それまで営業に行っても相手にもされなかった企業が、向こうから声をかけてくるようになった。営業が突然、2000本の受注をもらって帰ってくることもあった。「得意先に振られて、がっかりして帰ってきていた営業たちの顔つきが変わりました」上野さんの声に力がこもる。「社内の空気が一変しました。透明醤油は、みんなの考え方が変わる突破口になったんです。今は、以前とぜんぜん雰囲気が違います。かなり『攻め』の姿勢になっています」バイヤーに「これは何だ?」と驚かれることが、営業のやりがいに変わった。変化球を投げ続けることで、「フンドーダイは、次はどんな製品を出すんだろう」と期待される存在になった。暗くなっていた社内に、自信とプライドが戻ってきた。「透明醤油」は単なるヒット商品ではなく、ジリ貧だった老舗企業が活路を見いだす起爆剤となった。■業績V字回復からの攻め透明醤油がもたらした自信は「攻め」へとつながり、数字も物語る。国内市況が縮小していくなか、山村社長の就任以降、フンドーダイは7年で35~40%成長を遂げる。さらに勢いは止まらない。2025年4月には、醤油をムース状にした「フォーム醤油」とシート状の「リーフ醤油」を発売。フォーム醤油は、提携先の特許技術を使って醤油を亜酸化窒素ガスで泡化したもの。透明醤油のムース版と、甘口醤油のムース版の2種類を展開する。クリーミーな泡が料理に立体感を与え、新たな食体験を生み出す。リーフ醤油は、0.
2ミリの極薄シートに加工した醤油。料理にのせると溶けて味が広がる、まったく新しい調味料だ。ムース醤油の開発は難題続きだった。「透明醤油はまだ液体なので既存の生産ラインでつくることができたんです。でも、ムース醤油は生産ラインもないし、この150年一度もやったことがない技術でした」テストキッチンでの試作は成功するのに、工場の大きな釜ではうまくいかない。特注の釜を作り、温度や攪拌の条件を一つひとつ詰めていった。透明醤油の時と同様、山村社長は開発にスピード感を求めた。月2回だったテストは4回になり、週2回、そして週8回へと加速していった。「現場はもうバタバタでした。そこからの3カ月は本当にきつかった、でも――」「やるしかないですよね」上野さんの言葉に熱がこもる。およそ2年の格闘の末、「ムース醤油」は発売された。「社長が『やろう』って言ったら、メンバーそれぞれが試行錯誤を繰り返して、One Teamで邁進する、それがうちの新商品開発プロジェクトです」そう言って、上野さんは誇らしげに顔を上げた。■変化球が呼ぶ新たな出会い透明醤油の成功は、フンドーダイを「挑戦する会社」として業界に認知させた。そして、その評判は新たな出会いを呼び込んでいる。展示会で「透明醤油の会社ですね」と声をかけられることが増え、思いがけない技術提案が舞い込んでくるようになった。社内にも変化が起きた。一風変わった提案が社内会議で出ても、以前なら「そんなの無理」で終わっていた話が、今では「面白そう」「やってみよう」という流れに変わった。変化球を楽しめるチームになってきた。海外進出に力を入れるフンドーダイの「本気度を示す仕掛け」を上野さんは、見せてくれた。来店客の6~7割が外国人観光客という東京・浅草のアンテナショップ。そこに並ぶ透明醤油のボトルには、NFCタグが貼られている。スマホをかざすと、手にとったひとの母国語で使い方やレシピが表示される。さらには、そのタグがどの国で開封されたかがわかる仕組みを利用して、データを収集し、マーケティングに活用しているのだ。「取引額だけではなく、取引する国の数を増やせ」山村社長は営業部にそう指示しているという。海外展開は加速し、2025年8月時点で34カ国との取引を実現。売り上げの2割以上を海外が占めるまでになった。このNFCタグは「情報収集への投資」。どの国に需要があるのか、データが教えてくれる。こうした地道な積み重ねが、一つ、またひとつと国の壁を越えていく。■なぜ革新が必要だったのか2017年にフンドーダイへ副社長として参画し、近年の変革期を間近で見てきた松永千代蔵さんは、フンドーダイの変化を冷静に見つめていた。「昔のフンドーダイは熊本で圧倒的シェアを誇る、お山の大将でした」副社長退任後、マーケティングダイレクターとして地域企業との連携を進める松永さんは、こう続ける。「山村は醤油の素人でしたが、常識にとらわれない。彼が来てからは、“老舗”でありながら“ベンチャー”気質を併せ持つ社風に変化してきました」実際、醤油業界の現実は厳しい。農林水産省の統計では、1人当たりの年間消費量は1973年の12Lから7L以下へ、40%も減少。大手メーカーに地元シェアを奪われ、めんつゆやポン酢に需要を奪われる。150年の歴史にあぐらをかいていては、生き残れない。透明醤油は、ジリ貧だった老舗にV字回復をもたらし、その後も攻め続ける突破口となった。老舗をベンチャーのような企業に変えた。----------サオリス・ユーフラテス(さおりす・ゆーふらてす)インタビュアー・ライター1979年、佐賀生まれ。製薬会社勤務を経て、2007年より14年半リクルートエージェントに勤めた後、2021年に独立。福岡を拠点に人の人生を深掘りするインタビューや、経営者のアウトプットサポートをメインに活動中。----------(インタビュアー・ライター サオリス・ユーフラテス)
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