昭和34年生まれの私 タレント、ダンカンさん「阪神も巨人のようにアンチ増えてほしい」 プレイバック「昭和100年」

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昭和34年生まれの私 タレント、ダンカンさん「阪神も巨人のようにアンチ増えてほしい」 プレイバック「昭和100年」
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昭和と阪神タイガース。面白いですね。昭和の野球好きは基本的に巨人シンパでしょう。でも私は60年近く「虎党」です。生まれたのは埼玉県毛呂山町。関西ではありません…

昭和と阪神タイガース。面白いですね。昭和の野球好きは基本的に巨人シンパでしょう。でも私は60年近く「虎党」です。生まれたのは埼玉県毛呂山町。関西ではありません。でも阪神に抱いた恋心は今も変わりません。ピュアな思いがずっと抱ける存在です。ロマンチシズムも含めて。 初めて阪神と出会ったのは小学1年の頃だったと思います。父はG党で当時の後楽園球場に連れて行ってもらったんですよ。当たり前ですけど、みんなが見たいのは長嶋茂雄さん。今もサインを飾ってあるぐらい崇拝していますが、私はある選手に心を奪われた。エースで「ミスタータイガース」と称された村山実さんです。体は小さかったけど大きなフォームで相手打者を空振りに仕留める。巨人相手に立ち向かって1点差で負ける。そんな悲壮感すら感じる雰囲気がたまらなかった。自分の生まれた年がデビュー年。初代ミスタータイガースの藤村富美男さんも同じ年に引退試合をしていて、運命を感じます。友人と球場に通いました。当時は外野席が100円。五百円札を握りしめて、入場券と電車賃とあとはホットドッグを買ってね。コメを食べるのと同じぐらい阪神に触れようとしてました。 グッズなんて売ってなかったですから、白シャツを黄色と黒のマジックで塗って自家製ユニホームにしたりとか。スコアブックも始めました。当時はインターネットなんてない。テレビ放送も巨人戦だけ。ラジオを大阪方面に向けるんです。聞こえるところまで自転車を1キロぐらいこいでね。今は本当に便利な時代ですよ。 少しひねくれた少年期だった気もします。物心がついてから、高度経済成長とか東京五輪で「一億総中流」の時代になったけど「うそだ」と思っていた。村山さんとか阪神が、王道の裏でもがく姿を見せてくれていた気もします。 芸能界でも昭和の時代、虎党に「市民権」なんてなかったんですよ。今では信じられないでしょうけど。あるアイドルが阪神ファンだったんですけど、プロデューサーが「絶対に口にするな」って耳打ちして。「巨人だったらいいけど」って。やはり昭和60年ですよね。阪神が日本一に輝いた。思い出深いのはセ・リーグ優勝時です。師匠の北野武さんの目の前で軍団でタップダンスの練習をする日だったんです。ミスが続いていたら言うんですよ。「あれだろ、いいよ。もう行ってこいよ」って。タクシーで神宮球場に駆け付けて、時効だから言いますけど顔パスで入って胴上げを見ました。 芸能界に入ってから立川談志さん、武さんに弟子にしてもらいました。当初2人とも主流ではなくて、でも「もっと面白いことできるだろ」ってもがく人たちだった。巨人の対抗者である阪神と同じで「みんな同じでいいのか?」って問いかける感じで。 昭和はとがってることが許された時代だったから成功できた。同時にアンチも増えたんでしょうけど、アンチあってこその一流なんだと思います。阪神ももっと勝って、巨人と同じぐらいアンチが増えればいい。もっと情熱を込めて阪神が語られるようになれば、世の中が面白くなると思います。(聞き手 五十嵐一).

昭和と阪神タイガース。面白いですね。昭和の野球好きは基本的に巨人シンパでしょう。でも私は60年近く「虎党」です。生まれたのは埼玉県毛呂山町。関西ではありません。でも阪神に抱いた恋心は今も変わりません。ピュアな思いがずっと抱ける存在です。ロマンチシズムも含めて。 初めて阪神と出会ったのは小学1年の頃だったと思います。父はG党で当時の後楽園球場に連れて行ってもらったんですよ。当たり前ですけど、みんなが見たいのは長嶋茂雄さん。今もサインを飾ってあるぐらい崇拝していますが、私はある選手に心を奪われた。エースで「ミスタータイガース」と称された村山実さんです。体は小さかったけど大きなフォームで相手打者を空振りに仕留める。巨人相手に立ち向かって1点差で負ける。そんな悲壮感すら感じる雰囲気がたまらなかった。自分の生まれた年がデビュー年。初代ミスタータイガースの藤村富美男さんも同じ年に引退試合をしていて、運命を感じます。友人と球場に通いました。当時は外野席が100円。五百円札を握りしめて、入場券と電車賃とあとはホットドッグを買ってね。コメを食べるのと同じぐらい阪神に触れようとしてました。 グッズなんて売ってなかったですから、白シャツを黄色と黒のマジックで塗って自家製ユニホームにしたりとか。スコアブックも始めました。当時はインターネットなんてない。テレビ放送も巨人戦だけ。ラジオを大阪方面に向けるんです。聞こえるところまで自転車を1キロぐらいこいでね。今は本当に便利な時代ですよ。 少しひねくれた少年期だった気もします。物心がついてから、高度経済成長とか東京五輪で「一億総中流」の時代になったけど「うそだ」と思っていた。村山さんとか阪神が、王道の裏でもがく姿を見せてくれていた気もします。 芸能界でも昭和の時代、虎党に「市民権」なんてなかったんですよ。今では信じられないでしょうけど。あるアイドルが阪神ファンだったんですけど、プロデューサーが「絶対に口にするな」って耳打ちして。「巨人だったらいいけど」って。やはり昭和60年ですよね。阪神が日本一に輝いた。思い出深いのはセ・リーグ優勝時です。師匠の北野武さんの目の前で軍団でタップダンスの練習をする日だったんです。ミスが続いていたら言うんですよ。「あれだろ、いいよ。もう行ってこいよ」って。タクシーで神宮球場に駆け付けて、時効だから言いますけど顔パスで入って胴上げを見ました。 芸能界に入ってから立川談志さん、武さんに弟子にしてもらいました。当初2人とも主流ではなくて、でも「もっと面白いことできるだろ」ってもがく人たちだった。巨人の対抗者である阪神と同じで「みんな同じでいいのか?」って問いかける感じで。 昭和はとがってることが許された時代だったから成功できた。同時にアンチも増えたんでしょうけど、アンチあってこその一流なんだと思います。阪神ももっと勝って、巨人と同じぐらいアンチが増えればいい。もっと情熱を込めて阪神が語られるようになれば、世の中が面白くなると思います。(聞き手 五十嵐一)

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