女優の岸本加世子さんが、愛車での移動、故郷への思い、そして介護の日々について語ります。「やすらぎの刻~道」の撮影秘話や、亡き母への思い、そして継父への感謝の気持ち。女優としての輝かしい経歴と、人間としての等身大の姿を描き出す。
愛車を颯爽と乗り回すということもなく、長距離のドライブはあまりしないんです。頑張って故郷の静岡まで行ったことはありますが、東名高速道路はトラックの往来が激しく、少し怖いんですよね。でも、ちょっとした買い物や都内の現場には、さっと車で出かけることが多くて、やっぱり便利です。2019年4月から2020年3月まで放送された「 やすらぎの刻~道 」に出演させていただいた際は、ロケ地の山梨県まで自分で運転して行ったこともありました。「前略おふくろ様」や「北の国から」など、数々の名作を生み出した脚本家の倉本聰さんが、テレビ朝日開局60周年を記念して書かれたのが「 やすらぎの刻~道 」です。スタッフにとっては、早朝に新宿をロケバスで出発し、撮影を終えてその日のうちに帰って来られる山梨は便利な場所だったようですが、私にとっては、そこそこ遠い場所でした。
\それに加えて、撮影は早朝から始まり、しかも真冬の寒い時期。私が演じたのは、養蚕を営む貧しい家の母親役で、衣装も薄い着物に素足に草履という姿でした。そこで、撮影前日に山梨入りして宿泊し、翌朝撮影現場に入ることにしたんです。山梨には良い温泉もたくさんありますしね。「道の駅」で野菜を買ったり、ほうとうを食べたり、スタッフへの差し入れを買って現場に行ったり。演出の藤田明二監督が「なんか楽しそうだなあ」と苦笑いしていました。ドラマ「やすらぎの刻~道」は、テレビ全盛期を支えた俳優や作家、ミュージシャンなど「テレビ人」だけが入居できる老人ホーム「やすらぎの郷」での物語です。シナリオライターの菊村栄(石坂浩二さん)が劇中で書く「~道~」というお話と、「郷」で起こる往年の大女優たちを中心とした人間関係や現代ならではの悩みをユーモラスに描いた「郷」と「道」が交差する、とても面白いお昼のドラマでした。 日常では、同居する弟家族の食事の世話をしたり、デイサービスに行くのを手伝ったりしています。母と再婚し、私が小学生の時から面倒を見てくれた父には、感謝してもしきれません。 \「歌謡界の女王」と呼ばれ、後に国民栄誉賞を授与された美空ひばりさんが亡くなった年の暮れ、1989年12月に放送された「美空ひばり物語」の撮影中に、母が倒れてしまいました。主演の大役を担っていた私は、看病も満足にできないまま、母は年が明けてすぐに亡くなってしまいました。当時は、ショックで茫然自失となり、ただ泣くことしかできませんでした。母を十分に介護できなかったという後悔は、今も心の奥底から消えることはありません。しかし、そんな私たち母娘を幸せにしてくれたのは、継父でした。感謝の気持ちを込めて、日々、介護に努めています。 岸本加世子(きしもと・かよこ)さんは、1960年(昭和35年)12月29日生まれ、静岡県島田市出身の64歳。1977年にテレビドラマ「ムー」で女優デビューし、以降、テレビ、舞台、映画、CMなど幅広い分野で活躍しています。ドラマ「あ・うん」、舞台「雪まろげ」、北野武監督の映画「HANA―BI」「菊次郎の夏」など、数多くの代表作があります。著書には、小説「出てった女」やエッセー「一途」などがあります
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