昭和20年、終戦の8月15日を過ぎても戦争が終結しない地域があった。ソ連が8月9日に現在の中国東北部にあった「満州国」へ侵攻。9月まで戦闘が続き、シベリア抑留…
母親からは「もしものために」とお守り袋を渡され、見るとその中に青酸カリが入っていました。一度、家の庭にマンドリンと呼ばれる機関銃を担いだソ連兵が現れ、青酸カリを使う覚悟をしたことがあります。隠れていて気づかれず、使わずに済みました。国共内戦も始まり、銃弾が飛び交っていました。ソ連兵の物とりには2回入られましたよ。女性はみんな丸刈りにして男の格好をするようにしていましたけど、向こうの兵隊は知っているので、胸を触ってくるんです。近くの女子寮では女性が裸で飛び降りて逃げる事件もありましたよ。 (生活のため)妹とたばこ売りをしました。売れても軍票で支払われたので紙くずになって何もかもゼロ。衣類を売って米を買っていました。国共内戦の市街戦で弾が飛んでくるから地下壕(ごう)に逃げた記憶もあります。うちにもピストルを構えたソ連兵が来ました。でも母が〝肝っ玉母さん〟でした。にっこり笑って握手してスープを飲ませたら喜んで何もとらずに帰っていき、それから毎日3人くらいで「ママ」と言ってはやってきました。母が白系ロシア人のメイドから料理を習っていたのがよかったのでしょう。周りは戦々恐々でしたが、うちは彼らが遊びにきていたことで平和でした。引き揚げまでの間は、母のおかげで比較的安心して暮らせた思いが残っています。3人が満州から日本に引き揚げたのは、終戦から1~2年後だった。点在する開拓団村から逃げてきた人たちの悲劇とは異なるものの、都市部にいた邦人にも苦難は降り注いだ。それでも中国は若いときを過ごした思い出の地。「忘れられない」という。終戦から80年が過ぎた今、何を思うのかを聞いた。終戦間際、逃げる算段をしましたが、ものすごい数の人が列車に乗ろうとしているのを見て戻りました。終戦で日本軍が武装解除になったとたん、中国人が暴動を起こし、うちも襲われました。父が化学染料の技術者だったため、技術を教えろと2年間留め置かれましたね。冬場は遺体が凍ります。ある日「カーン」という音が聞こえてきて、何だろうと…。中国人が金づちか何かで遺体の口を割って金歯を抜いているのを見ました。 昭和22年8月、(現遼寧省の)葫蘆島から長崎に引き揚げました。五島列島の人が日の丸を振っているのを見て「帰ってきた」と。兄がいた広島に住みました。兄は原爆投下の前日に出張で広島を離れていたらしく、無事でした。終戦後、ソ連兵に連れていかれた父が(満州の)新京(現長春)周辺の収容所にいることがわかったので、母と兄嫁とで会いに行きました。1年後、父は帰ってきました。父は、収容所で兄に会ったと言っていました。その後、兄はシベリアに送られ、一緒に引き揚げはできませんでした。そう、引き揚げるまでの間、父とつきあいがあった方の奥さんが北満から新京まで逃げてきたことがあります。赤ちゃんを背負っていたのですが、すでにこと切れていました。その中で、忘れられない日付は20年5月30日。この日以降、関東軍が持久戦に備え、満州の4分の3を放棄したのですが、私たち一般の日本人にはまったく知らされていませんでした。棄民です。それなのに、国は7月30日まで開拓団を送り込んでいたのです。引き揚げは、終戦から1年後の21年8月20日。新京の駅から無蓋の石炭車に乗せられ、いつ暴民に襲われるかと危険な旅でした。9月、葫蘆島から米国船に乗りましたが、船中で力尽きる人もいました。ほとんどが開拓団の人でした。亡きがらは海へ。今伝えたいことは 私には忘れられない人がいます。「李太太」(李おばさん)の一家です。新京にいた当時、家族ぐるみで交流し、楽しかった思い出があります。最初、引き揚げができなくて(新京に)戻ってきたときも、食べ物をもってきて心配してくれました。2年前に旧満州を訪れたとき、いないのはわかってはいましたけど、李太太の姿を探しました。.
母親からは「もしものために」とお守り袋を渡され、見るとその中に青酸カリが入っていました。一度、家の庭にマンドリンと呼ばれる機関銃を担いだソ連兵が現れ、青酸カリを使う覚悟をしたことがあります。隠れていて気づかれず、使わずに済みました。国共内戦も始まり、銃弾が飛び交っていました。ソ連兵の物とりには2回入られましたよ。女性はみんな丸刈りにして男の格好をするようにしていましたけど、向こうの兵隊は知っているので、胸を触ってくるんです。近くの女子寮では女性が裸で飛び降りて逃げる事件もありましたよ。 (生活のため)妹とたばこ売りをしました。売れても軍票で支払われたので紙くずになって何もかもゼロ。衣類を売って米を買っていました。国共内戦の市街戦で弾が飛んでくるから地下壕(ごう)に逃げた記憶もあります。うちにもピストルを構えたソ連兵が来ました。でも母が〝肝っ玉母さん〟でした。にっこり笑って握手してスープを飲ませたら喜んで何もとらずに帰っていき、それから毎日3人くらいで「ママ」と言ってはやってきました。母が白系ロシア人のメイドから料理を習っていたのがよかったのでしょう。周りは戦々恐々でしたが、うちは彼らが遊びにきていたことで平和でした。引き揚げまでの間は、母のおかげで比較的安心して暮らせた思いが残っています。3人が満州から日本に引き揚げたのは、終戦から1~2年後だった。点在する開拓団村から逃げてきた人たちの悲劇とは異なるものの、都市部にいた邦人にも苦難は降り注いだ。それでも中国は若いときを過ごした思い出の地。「忘れられない」という。終戦から80年が過ぎた今、何を思うのかを聞いた。終戦間際、逃げる算段をしましたが、ものすごい数の人が列車に乗ろうとしているのを見て戻りました。終戦で日本軍が武装解除になったとたん、中国人が暴動を起こし、うちも襲われました。父が化学染料の技術者だったため、技術を教えろと2年間留め置かれましたね。冬場は遺体が凍ります。ある日「カーン」という音が聞こえてきて、何だろうと…。中国人が金づちか何かで遺体の口を割って金歯を抜いているのを見ました。 昭和22年8月、(現遼寧省の)葫蘆島から長崎に引き揚げました。五島列島の人が日の丸を振っているのを見て「帰ってきた」と。兄がいた広島に住みました。兄は原爆投下の前日に出張で広島を離れていたらしく、無事でした。終戦後、ソ連兵に連れていかれた父が(満州の)新京(現長春)周辺の収容所にいることがわかったので、母と兄嫁とで会いに行きました。1年後、父は帰ってきました。父は、収容所で兄に会ったと言っていました。その後、兄はシベリアに送られ、一緒に引き揚げはできませんでした。そう、引き揚げるまでの間、父とつきあいがあった方の奥さんが北満から新京まで逃げてきたことがあります。赤ちゃんを背負っていたのですが、すでにこと切れていました。その中で、忘れられない日付は20年5月30日。この日以降、関東軍が持久戦に備え、満州の4分の3を放棄したのですが、私たち一般の日本人にはまったく知らされていませんでした。棄民です。それなのに、国は7月30日まで開拓団を送り込んでいたのです。引き揚げは、終戦から1年後の21年8月20日。新京の駅から無蓋の石炭車に乗せられ、いつ暴民に襲われるかと危険な旅でした。9月、葫蘆島から米国船に乗りましたが、船中で力尽きる人もいました。ほとんどが開拓団の人でした。亡きがらは海へ。今伝えたいことは 私には忘れられない人がいます。「李太太」(李おばさん)の一家です。新京にいた当時、家族ぐるみで交流し、楽しかった思い出があります。最初、引き揚げができなくて(新京に)戻ってきたときも、食べ物をもってきて心配してくれました。2年前に旧満州を訪れたとき、いないのはわかってはいましたけど、李太太の姿を探しました。
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