日本国内で入手困難なロータス エスプリ ターボSEを求め、福岡へ。状態の悪い個体ながらも購入を決意し、1000km超の自走帰宅を目指す36歳男性の熱い物語。旧車の魅力と、それを所有することの覚悟を描く。
いざ、博多へ (前話から続く)決戦の地は福岡だった。 インターネットの中古車サイトで発見した個体は、東京から直線距離にして約900km、陸路では1000km以上離れた福岡県福岡市にある「サンク福岡」に鎮座していた。 筆者は羽田空港から福岡空港へ飛び、そこから地下鉄で博多駅へ、さらにバスに揺られること数十分。東京の自宅を出てから5時間以上をかけ、ようやく店舗へ辿り着いた。 なぜそこまでするのか? 答えは単純だ。今、日本国内で販売されている ロータス エスプリ の購入可能な個体は、ほぼ無いからだ。 「これを買わなければ、次はない……」 そんな背水の陣の心境で、筆者は店舗の自動ドアをくぐった。ショールームの一角に、真っ赤なボディカラーを纏ったエスプリは置かれていた。 実車を見るのは相当に久しぶりだった。第1印象は、驚くほどにコンパクト。現代のスーパーカー、例えばフェラーリやランボルギーニの現行モデルが軒並み車幅2mに迫り、全長も長大化しているのに対し、エスプリのサイズ感は凝縮されている。 しかし、存在感は決して希薄ではない。 圧倒的に低い全高、地面に張り付くようなスタンス、リトラクタブル ヘッドライトならではの低く鋭いノーズが相まって醸し出すオーラは、いかにもスーパーカー全盛期の残滓を感じさせるものであり、小ささを感じさせない迫力があった。 ジウジアーロが描いたオリジナルデザインを、ピーター・スティーブンスが巧みにモダナイズしたスタイリングは、30年以上の時を経た今でも色褪せるどころか、むしろ異彩を放っていた。だが、高揚感に浸ってばかりはいられない。 筆者はあくまで購入を前提とした検分に来ているのだ。冷静な目で細部を確認していくと、そこには1990年式という年式相応、いや、それ以上の現実が待っていた。 まず目についたのは内装のヤレである。 コノリーレザーと思しき革シートは所々で剥げ落ち、メーターのウッドパネルにはひび割れが走っている。美しいブリティッシュ スポーツの面影は残っているものの、歴代のオーナーたちが使い込んできた痕跡、あるいは放置されてきた時間の長さが如実に刻まれていた。 ラゲッジルームを開けると、筆者は思わず苦笑した。 そこには、家庭用のエアコン工事で見かけるようなガス圧を測るメーターが、剥き出しで設置されていたのである。 「これ、なんですか?」 恐る恐る尋ねると、担当者は事もなげに答えた。 「これはエアコンのガスが漏れてしまうので、その都度補充しながら乗るために前オーナー様が付けたものです」 聞けば、エアコンの配管かコンプレッサーからのガス漏れが完治せず、修理するには莫大なコストがかかる。それならば、漏れる端からガスを足して乗ればいい。安価なガス代で済むならば、それが最も経済的な“修理”である──といった、ある種合理的で、しかし英国旧車乗り特有の豪快な解決策が施されていた。 営業担当者曰く、「真夏の都心の渋滞では、正直エスプリには乗らない方がよろしいかと……」とあまりにも正直すぎるアドバイスも頂いた。 確かに、背中に熱源であるエンジンを背負い、フロントのガラスエリアが広いエスプリでエアコンが効かないとなれば、それは移動手段ではなく苦行である。気を取り直して、エンジンを始動させてもらう。 キーを捻ると、背後の直列4気筒2.
いざ、博多へ (前話から続く)決戦の地は福岡だった。 インターネットの中古車サイトで発見した個体は、東京から直線距離にして約900km、陸路では1000km以上離れた福岡県福岡市にある「サンク福岡」に鎮座していた。 筆者は羽田空港から福岡空港へ飛び、そこから地下鉄で博多駅へ、さらにバスに揺られること数十分。東京の自宅を出てから5時間以上をかけ、ようやく店舗へ辿り着いた。 なぜそこまでするのか? 答えは単純だ。今、日本国内で販売されているロータス エスプリの購入可能な個体は、ほぼ無いからだ。 「これを買わなければ、次はない……」 そんな背水の陣の心境で、筆者は店舗の自動ドアをくぐった。<\/p>
ショールームの一角に、真っ赤なボディカラーを纏ったエスプリは置かれていた。 実車を見るのは相当に久しぶりだった。第1印象は、驚くほどにコンパクト。現代のスーパーカー、例えばフェラーリやランボルギーニの現行モデルが軒並み車幅2mに迫り、全長も長大化しているのに対し、エスプリのサイズ感は凝縮されている。 しかし、存在感は決して希薄ではない。 圧倒的に低い全高、地面に張り付くようなスタンス、リトラクタブル ヘッドライトならではの低く鋭いノーズが相まって醸し出すオーラは、いかにもスーパーカー全盛期の残滓を感じさせるものであり、小ささを感じさせない迫力があった。 ジウジアーロが描いたオリジナルデザインを、ピーター・スティーブンスが巧みにモダナイズしたスタイリングは、30年以上の時を経た今でも色褪せるどころか、むしろ異彩を放っていた。<\/p>
だが、高揚感に浸ってばかりはいられない。 筆者はあくまで購入を前提とした検分に来ているのだ。冷静な目で細部を確認していくと、そこには1990年式という年式相応、いや、それ以上の現実が待っていた。 まず目についたのは内装のヤレである。 コノリーレザーと思しき革シートは所々で剥げ落ち、メーターのウッドパネルにはひび割れが走っている。美しいブリティッシュ スポーツの面影は残っているものの、歴代のオーナーたちが使い込んできた痕跡、あるいは放置されてきた時間の長さが如実に刻まれていた。 ラゲッジルームを開けると、筆者は思わず苦笑した。 そこには、家庭用のエアコン工事で見かけるようなガス圧を測るメーターが、剥き出しで設置されていたのである。 「これ、なんですか?」 恐る恐る尋ねると、担当者は事もなげに答えた。 「これはエアコンのガスが漏れてしまうので、その都度補充しながら乗るために前オーナー様が付けたものです」 聞けば、エアコンの配管かコンプレッサーからのガス漏れが完治せず、修理するには莫大なコストがかかる。それならば、漏れる端からガスを足して乗ればいい。安価なガス代で済むならば、それが最も経済的な“修理”である──といった、ある種合理的で、しかし英国旧車乗り特有の豪快な解決策が施されていた。 営業担当者曰く、「真夏の都心の渋滞では、正直エスプリには乗らない方がよろしいかと……」とあまりにも正直すぎるアドバイスも頂いた。 確かに、背中に熱源であるエンジンを背負い、フロントのガラスエリアが広いエスプリでエアコンが効かないとなれば、それは移動手段ではなく苦行である。<\/p>
気を取り直して、エンジンを始動させてもらう。 キーを捻ると、背後の直列4気筒2.2リッターターボエンジン(タイプ910)が目を覚ました。 「ヴォン!」 意外だった。4気筒と侮るなかれ、サウンドは予想以上に太く、勇ましい。かつて乗っていたフェラーリのV8のような甲高い快音とは異なるが、80年代から90年代にかけてのレーシングカーを彷彿とさせる、機械的で野太い咆哮だ。アイドリングの振動と共に伝わってくる鼓動は、エスプリがまだ死んでいないことを主張していた。 しかし、計器盤に目を落とすと、そこには見過ごせない光景があった。 エンジンのチェックランプ(警告灯)が点灯したままなのである。 「これ、消えないんですか?」 「ええ、まあ、少々走れば消えるようですが……」 担当者の言葉は歯切れが悪い。どうやらセンサー類の誤作動か、あるいは本当にどこかが不調なのか、現段階では判別がつかないのだろう。試乗できない状況だったため、警告灯が何を意味するのかは、購入後のお楽しみというわけだ。 さらに足元を見れば、タイヤの状況も深刻だった。 前後で銘柄が違う。製造年を見ると、かなりの年数が経過している。硬化したゴムはグリップ力を失っているだろうことは明白だ。 しかも悪いことに、エスプリの純正ホイールサイズに合うタイヤは、現代では選択肢が極めて少ない。フロントとリヤでサイズが異なる異径セットアップであり、現在装着されているタイヤでさえ、前後でブランドを揃えることができず、苦肉の策で別々の銘柄を履かせているようだった。これをリフレッシュするだけでも、一苦労も二苦労もありそうである。<\/p>
エアコンはガス漏れ前提、ヤレた内装、エンジンチェックランプは点灯中……常識的な中古車選びであれば、この時点で「検討します」と言って店を出るのが正解かもしれない。あるいは、回れ右をして帰るべきかもしれない。 しかし、筆者はその場で告げた。 「買います」 理由は冒頭に述べた通りだ。今、日本市場において、福岡の個体を見送れば、次にいつエスプリ ターボSEが出てくるか分からない。 無い物ねだりをするよりも、目の前に有る物を手に入れ、直しながら乗ることが、絶滅危惧種のヒストリックカーを愛する者の流儀であると、自分に言い聞かせたのだ。 狂気の自走帰宅計画 契約のハンコを押すと同時に、筆者はある提案をした。 「納車ですが、ここから東京まで乗って帰ります」 営業担当者の目が点になったのは言うまでもない。 「えっ……自走ですか? ここから東京まで? 1000km以上ありますよ」 ただでさえ古い英国車。しかも数年間あまり動かされていなかった個体だ。おまけにタイヤは古く、チェックランプは点灯している。それをいきなり高速道路に乗せ、1000km走破しようなどというのは、自殺行為に等しい。 「そうですか……フェリーを使ったほうがいいですよ」 担当者は少しでもクルマへの負担が軽くなるよう、懸命に説得してくれた。誠実な対応である。しかし、筆者の決意は固かった。 「いや、乗って帰ります」 なぜか。 それは、エスプリとの最初の“対話”を、過酷で濃密な形で行いたかったからだ。トラブルが出れば出たで、それがエスプリの弱点を知る機会になる。フェリーを使う手もあるが(福岡から東京方面へ向かう旧車乗りの多くは途中までフェリーを利用する)、自走で日本の道を駆け抜けることで、エスプリという車のGT性能を肌で感じたかったのだ。 そこで納車整備を徹底的に行うこととした。タイミングベルトの交換を含むできる限りの点検整備だ。これらを含めた商談が成立した。<\/p>
あらためて、なぜ筆者がリスクの高いクルマを選んだのかに触れておきたい。 かつて所有したフェラーリ「360モデナ」は素晴らしいクルマだった。官能的なV8サウンド、美しいスタイリング……しかし、今のクルマほどではないが、電子制御の塊でもあった。たとえばF1マチック(セミオートマチック・トランスミッション)は、故障内容によって修理費は数十万円から百万円単位に及んだ。常に「警告灯が点くのではないか」といった恐怖と隣り合わせの所有体験だった。 対して、今回選んだ1990年式のロータス エスプリ ターボSEは、構造がシンプル。 ABS(アンチロックブレーキシステム)なし、エアバッグなし、パワーステアリングなし。 電子制御デバイスが極力排除された、機械仕掛けのスポーツカーだ。 筆者の仮説はこうだ。 「付いていない部品は、壊れない」 フェラーリで懲りた電子制御トラブルの悪夢。それがほとんどないエスプリならば、たとえ壊れたとしても、それは機械的な故障であり、物理的な修理で直せるはずだ。構造が単純であれば、維持費も(フェラーリに比べれば)リーズナブルに収まるのではないか。 当然、ロータスにはロータスの、英国車特有の電装系の弱さや、部品供給の難しさがあるのを十分知ったうえでの話だ。 しかし、現代のクルマが失ってしまったダイレクトな操作感と、自らの手で操り、維持する実感を得るためには、この時代のこのクルマこそが最適解だと信じたのだ。<\/p>
東京に戻り、知人たちにエスプリ購入を報告した。 反応は一様に同じだった。 賞賛というよりは、呆れを含んだ驚愕。あるいは「またひとりが泥沼に足を踏み入れた」といった、同情に近い視線か。 現在、筆者は東京で納車を待っている状態だ。1月上旬の契約から既に1カ月以上が経過したものの、案の定、整備の過程でいくつかの問題が露見したらしい。 それらを直すためサンク福岡は奮闘してくれている。「試走距離を延ばして、確実に東京まで辿り着けるか確認しています」とのことで、納車は少し先になりそうだ。 だが、この待ち時間すらも愛おしい。 エンジンの掛かりが悪くても、エアコンが効かなくても、雨漏りしたとしても、赤く、低く、美しいエスプリが、自分のガレージに収まる日を夢見て……。 36歳、ロータス エスプリを買った。 契約書にサインもした。もう後戻りはできない。 筆者とエスプリとの、長く、険しく、そして間違いなく刺激的なカーライフは、まだ始まったばかりである。 【連載バックナンバー】 Vol.1 今なら、あのクルマに乗れるのではないか? 文と編集・稲垣邦康(GQ<\/p>
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