東京大学資料編纂所・本郷和人先生が分析する武田信玄「最大の失敗」とはーー(写真提供:PhotoAC)2024年上半期(1月~6月)に『婦人公論.jp』で大きな反響を得た記事か…|BIGLOBEニュース
さらにより大きな意味として「三国同盟は順調に機能している」と義信が考えていた、という背景があります。この同盟があることで各勢力が背中を気にせずに済む。今川は西を攻め、北条は関東を守る。武田は信濃を支配下に収め、さらにその先に上杉謙信と戦うことができた。 上野へ兵を出した場合、今の群馬県のあたりで、北上する北条の勢力とバッティングする可能性はあったけれども、それでも現状、武田家の軍事活動は円滑に進んでいる。だから三国同盟を破棄してまで今川を攻める必要はないと反対したのです。ひとつは川中島、今の長野市周辺から思い切って北上し、謙信の春日山城を奪取する方法です。そうすれば直江津の港が手に入る。当時の海運は、波の穏やかな日本海側が中心ですから、武田家としてはそれがベスト。 しかし謙信のいる春日山城を奪うのは難しい。であれば駿河に出て、今の清水港、当時の江尻の港を手に入れる方法がありました。ただし太平洋側は海が荒く、難船のリスクが高いため、交易の利益は少ない。だからベストとは言えない。武田家の内部で生まれた軋轢それも傭兵ではなく、きちんと領地をあげるから武田に骨を埋めてくれ、というかたちで人材を招き、武田水軍まで創設しています。そこまでやっていますから、よほど信玄は海が欲しかったのでしょう。しかし義信の判断としては、海はあきらめても三国同盟を守っていったほうがお互いのためで、よりメリットが大きいと考えていたのだろうと思います。こうして父と 後継者 は対立し、時間はかかりましたが、最終的に信玄は義信に自害を命じることになります。「義信派」の有名な武将としては飯富虎昌がいました。この人は義信の守役で、「武田の二十四将」としてすぐ名前が出てくる山県昌景の実兄です。信玄が信濃の村上と戦ったときに戦死した板垣信方と甘利虎泰、そして飯富虎昌の3人が武田の重臣の代表だった時代があるのですが、虎昌が義信路線に賛成したために、信玄は彼も誅殺してしまいました。 義信を自害させたことは、武田家の内部ではそれほどの軋轢を生んだ。だから信玄は義信自害の後、家臣たちに「間違いなく 武田信玄 に忠節を誓います」という誓いの言葉を書かせて集めています。その誓詞が今の信州、上田市の生島足島神社にたくさん残っている。 後継者 を自害させてしまった信玄は、新たな 後継者 を決めます。そこは彼の偉いところで、「自分が死んだ後のことは知らない」という謙信とは違い、きちんと新たな 後継者 を定める。それが四郎勝頼です。この勝頼、それまで母方の諏訪姓を名乗っていました。諏訪の家はもともと、勝頼の祖父に当たる人を信玄が滅ぼしていて、その娘を自分の側室にしていたわけです。 戦国ならではのハードな状況ですが、それで生まれた勝頼に諏訪家を継がせていました。つまり勝頼は、もともと諏訪家の主として生きていくことが義務づけられており、彼は本来、兄の部下、武田の一武将として生きる運命だったのです。まして、信玄は偉大なカリスマ。いつの時代も同じですが、偉大な人物が亡くなると、 後継者 はその人と比べられて、なにをやってもしょぼく見えてしまうことになる。これを回避するためには、徳川家康が設計したように、システムに移行してしまうしかないでしょうね。たとえば二代将軍秀忠は優秀な人物でしたが、その子は三男・国松のほうが優れているという風評があった。しかしシステムの定めとして、次男・竹千代が 後継者 となり(長男は早逝)、三代将軍家光になりました。結果として、武田家は勝頼の代でダメになってしまいました。信玄もそこまでは計算できなかったのではないでしょうか。あるいは、それほどまでしてでも、海が欲しかったのかもしれません。鉄砲を用いるためには火薬が必要。黒色火薬は木炭と硫黄と硝石からつくられるのですが、その硝石は日本では採れません。つまり外国から輸入するしかないのですが、港がない状態で商人と交渉しても足元を見られて、不利な条件でも買わざるを得ない。しかし自分自身が港を持って貿易を行えば、恐らく堺の商人から買うより、有利な条件で硝石を入手できる。つまり鉄砲がより使えるようになる。 ただ武田家の歴史では、港を得たあとも、鉄砲は主力武器として出てきませんでした。それを考えると、莫大な犠牲を払って港を得て、水軍までつくって海に乗り出したのに、交易も水軍も有効に機能することはなかった、という気がしないでもない。.
さらにより大きな意味として「三国同盟は順調に機能している」と義信が考えていた、という背景があります。この同盟があることで各勢力が背中を気にせずに済む。今川は西を攻め、北条は関東を守る。武田は信濃を支配下に収め、さらにその先に上杉謙信と戦うことができた。 上野へ兵を出した場合、今の群馬県のあたりで、北上する北条の勢力とバッティングする可能性はあったけれども、それでも現状、武田家の軍事活動は円滑に進んでいる。だから三国同盟を破棄してまで今川を攻める必要はないと反対したのです。ひとつは川中島、今の長野市周辺から思い切って北上し、謙信の春日山城を奪取する方法です。そうすれば直江津の港が手に入る。当時の海運は、波の穏やかな日本海側が中心ですから、武田家としてはそれがベスト。 しかし謙信のいる春日山城を奪うのは難しい。であれば駿河に出て、今の清水港、当時の江尻の港を手に入れる方法がありました。ただし太平洋側は海が荒く、難船のリスクが高いため、交易の利益は少ない。だからベストとは言えない。武田家の内部で生まれた軋轢それも傭兵ではなく、きちんと領地をあげるから武田に骨を埋めてくれ、というかたちで人材を招き、武田水軍まで創設しています。そこまでやっていますから、よほど信玄は海が欲しかったのでしょう。しかし義信の判断としては、海はあきらめても三国同盟を守っていったほうがお互いのためで、よりメリットが大きいと考えていたのだろうと思います。こうして父と後継者は対立し、時間はかかりましたが、最終的に信玄は義信に自害を命じることになります。「義信派」の有名な武将としては飯富虎昌がいました。この人は義信の守役で、「武田の二十四将」としてすぐ名前が出てくる山県昌景の実兄です。信玄が信濃の村上と戦ったときに戦死した板垣信方と甘利虎泰、そして飯富虎昌の3人が武田の重臣の代表だった時代があるのですが、虎昌が義信路線に賛成したために、信玄は彼も誅殺してしまいました。 義信を自害させたことは、武田家の内部ではそれほどの軋轢を生んだ。だから信玄は義信自害の後、家臣たちに「間違いなく武田信玄に忠節を誓います」という誓いの言葉を書かせて集めています。その誓詞が今の信州、上田市の生島足島神社にたくさん残っている。後継者を自害させてしまった信玄は、新たな後継者を決めます。そこは彼の偉いところで、「自分が死んだ後のことは知らない」という謙信とは違い、きちんと新たな後継者を定める。それが四郎勝頼です。この勝頼、それまで母方の諏訪姓を名乗っていました。諏訪の家はもともと、勝頼の祖父に当たる人を信玄が滅ぼしていて、その娘を自分の側室にしていたわけです。 戦国ならではのハードな状況ですが、それで生まれた勝頼に諏訪家を継がせていました。つまり勝頼は、もともと諏訪家の主として生きていくことが義務づけられており、彼は本来、兄の部下、武田の一武将として生きる運命だったのです。まして、信玄は偉大なカリスマ。いつの時代も同じですが、偉大な人物が亡くなると、後継者はその人と比べられて、なにをやってもしょぼく見えてしまうことになる。これを回避するためには、徳川家康が設計したように、システムに移行してしまうしかないでしょうね。たとえば二代将軍秀忠は優秀な人物でしたが、その子は三男・国松のほうが優れているという風評があった。しかしシステムの定めとして、次男・竹千代が後継者となり(長男は早逝)、三代将軍家光になりました。結果として、武田家は勝頼の代でダメになってしまいました。信玄もそこまでは計算できなかったのではないでしょうか。あるいは、それほどまでしてでも、海が欲しかったのかもしれません。鉄砲を用いるためには火薬が必要。黒色火薬は木炭と硫黄と硝石からつくられるのですが、その硝石は日本では採れません。つまり外国から輸入するしかないのですが、港がない状態で商人と交渉しても足元を見られて、不利な条件でも買わざるを得ない。しかし自分自身が港を持って貿易を行えば、恐らく堺の商人から買うより、有利な条件で硝石を入手できる。つまり鉄砲がより使えるようになる。 ただ武田家の歴史では、港を得たあとも、鉄砲は主力武器として出てきませんでした。それを考えると、莫大な犠牲を払って港を得て、水軍までつくって海に乗り出したのに、交易も水軍も有効に機能することはなかった、という気がしないでもない。
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