不安一色だった心に、ほんのわずかだけれど一筋の希望が灯った。その時、そんな気持ちになったことを、今も覚えている。昭和59年4月3日午後8時すぎ。西宮市役所の真…
「劇場犯罪」として昭和の日本を揺るがしたグリコ・森永事件は3月18日で発生40年となります。サイト「MSN産経ニュースwest」に平成23年10月から掲載された連載「関西事件史」から、グリコ・森永事件に関する5本をアーカイブ公開します。肩書、年齢、名称などは掲載当時のままです。昭和59年4月3日午後8時すぎ。西宮市役所の真向かいにある、 産経新聞阪神支局。その阪神支局2階の営業・販売の部屋から、ある刑事の自宅に電話を入れた時のことである。江崎グリコ(本社・大阪市西淀川区)の江崎勝久社長が3月18日夜に西宮市二見町の自宅2階の浴室から誘拐され、監禁先の茨木市の水防倉庫から脱出して無事保護されたのが3月21日夕。その時点で報道協定が解除され、それから連日、熾烈(しれつ)な報道合戦が繰り広げられていた。 江崎社長は当時、42歳。牡蠣(かき)に含まれるグリコーゲンにヒントを得て江崎グリコを創業した江崎利一の孫である。その創業者一族の若き経営者の身を突然、悲劇が襲ったのだから、報道が過熱するのも無理からぬ面があった。実は、その6カ月前(58年9月末)まで神戸支局勤務で、兵庫県警を担当していた。古巣に戻って取材しろ、というわけである。当然、捜査本部の取材がメーンとなり、捜査員の自宅への夜討ち朝駆けの日々が始まった。その一点が取材の眼目なのだが、情報が取れない。だから、「不安一色」だったのである。そんな時の冒頭の刑事の言葉は、「天の声」にも思えた。刑事は、西宮署に出入りする中で、捜査本部に近い部屋にも足を運ぶことが多かった。専従捜査員の動きや、捜査本部の雰囲気を感じとれる、というのだ。その夜、私の夜回り用のタクシーは捜査員の家には向かわなかった。「江崎邸が変だ」という情報を神戸支局の片山雅文らに伝えて、江崎邸に向かった。 片山は、現在の大阪編集局長兼大阪代表補佐である。当時は産経新聞に入社してまる2年を迎えるころで、いわゆる駆け出しの時代だった。ニックネームは「合点のカタ(片山)」。とにかく腰が軽かった。「事件発生や、現場に走れ」とデスクに言われると「合点です」といって、支局2階の編集室から勢いよく、階段を駆け下りる。そこまではいいのだが、数秒後、イガグリ頭をかきながら、「あの、現場はどこでしたっけ…」。さて、江崎邸。邸内の様子を知るために、表門ではなく裏側に回った。裏側は雑草がひしめく草原(くさはら)になっており、その雑草越しに邸宅を観察した。20メートルほど離れた遠目からなので、窓に映るシルエットぐらいしか情報としてはない。無事保護されてから、2週間が過ぎている。江崎社長への警察の事情聴取は、連日行われていた。それでも夜も9時を過ぎれば、一家団欒(だんらん)の時だろう。もし、事情聴取が江崎邸で行われていたとしても、刑事は帰るのが常識だ。(まるで、今にも3人組が再び襲撃してくるかのような備えだ・・・)翌日から、江崎邸を中心にした周辺取材を進めた。犯人グループが、江崎社長を「再脅迫」しているのではないか。脅迫の中身は何か。逆探知はできたのか。とにかく、江崎邸は、犯人との攻防の臨戦態勢にある。そんな輪郭が見えてきた。.
「劇場犯罪」として昭和の日本を揺るがしたグリコ・森永事件は3月18日で発生40年となります。サイト「MSN産経ニュースwest」に平成23年10月から掲載された連載「関西事件史」から、グリコ・森永事件に関する5本をアーカイブ公開します。肩書、年齢、名称などは掲載当時のままです。昭和59年4月3日午後8時すぎ。西宮市役所の真向かいにある、 産経新聞阪神支局。その阪神支局2階の営業・販売の部屋から、ある刑事の自宅に電話を入れた時のことである。江崎グリコ(本社・大阪市西淀川区)の江崎勝久社長が3月18日夜に西宮市二見町の自宅2階の浴室から誘拐され、監禁先の茨木市の水防倉庫から脱出して無事保護されたのが3月21日夕。その時点で報道協定が解除され、それから連日、熾烈(しれつ)な報道合戦が繰り広げられていた。 江崎社長は当時、42歳。牡蠣(かき)に含まれるグリコーゲンにヒントを得て江崎グリコを創業した江崎利一の孫である。その創業者一族の若き経営者の身を突然、悲劇が襲ったのだから、報道が過熱するのも無理からぬ面があった。実は、その6カ月前(58年9月末)まで神戸支局勤務で、兵庫県警を担当していた。古巣に戻って取材しろ、というわけである。当然、捜査本部の取材がメーンとなり、捜査員の自宅への夜討ち朝駆けの日々が始まった。その一点が取材の眼目なのだが、情報が取れない。だから、「不安一色」だったのである。そんな時の冒頭の刑事の言葉は、「天の声」にも思えた。刑事は、西宮署に出入りする中で、捜査本部に近い部屋にも足を運ぶことが多かった。専従捜査員の動きや、捜査本部の雰囲気を感じとれる、というのだ。その夜、私の夜回り用のタクシーは捜査員の家には向かわなかった。「江崎邸が変だ」という情報を神戸支局の片山雅文らに伝えて、江崎邸に向かった。 片山は、現在の大阪編集局長兼大阪代表補佐である。当時は産経新聞に入社してまる2年を迎えるころで、いわゆる駆け出しの時代だった。ニックネームは「合点のカタ(片山)」。とにかく腰が軽かった。「事件発生や、現場に走れ」とデスクに言われると「合点です」といって、支局2階の編集室から勢いよく、階段を駆け下りる。そこまではいいのだが、数秒後、イガグリ頭をかきながら、「あの、現場はどこでしたっけ…」。さて、江崎邸。邸内の様子を知るために、表門ではなく裏側に回った。裏側は雑草がひしめく草原(くさはら)になっており、その雑草越しに邸宅を観察した。20メートルほど離れた遠目からなので、窓に映るシルエットぐらいしか情報としてはない。無事保護されてから、2週間が過ぎている。江崎社長への警察の事情聴取は、連日行われていた。それでも夜も9時を過ぎれば、一家団欒(だんらん)の時だろう。もし、事情聴取が江崎邸で行われていたとしても、刑事は帰るのが常識だ。(まるで、今にも3人組が再び襲撃してくるかのような備えだ・・・)翌日から、江崎邸を中心にした周辺取材を進めた。犯人グループが、江崎社長を「再脅迫」しているのではないか。脅迫の中身は何か。逆探知はできたのか。とにかく、江崎邸は、犯人との攻防の臨戦態勢にある。そんな輪郭が見えてきた。
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