ロシア人としてあえてウクライナ側に立って、ロシアと戦う「ロシア義勇軍」の司令官。なぜ、彼らは“祖国”ロシアと戦うのか?単独インタビューで迫った。
「政治的な見解の違いなどの理由から、自由ロシア軍はロシア義勇軍に入りたくないという人たちの受け皿になっている。我々は右翼的であり、保守的な価値観を重んじ、ロシア人を第一と考える民族主義的な見解を隠していない。結局のところ、『自由ロシア軍』は、我々よりも中道的だということだ」と解説した。自らを「民族主義者」と呼んだカプースチン氏。同じ義勇兵組織の「自由ロシア軍」を「中道的」と評したということは、逆に、自らが「極右」とも呼ばれていることの裏返しでもあった。どのような思想的な背景があるのだろうか。1984年にモスクワで生まれ、17歳のときに両親とともにドイツに渡ったカプースチン氏。モスクワ、キーウ、ドイツのケルンを行き来する生活だったという。母語であるロシア語のほか、英語とドイツ語を話す。ロシアでもドイツでもサッカーに打ち込み、「CSKAモスクワ」や「ケルン」の熱心なファンだった。そして、試合の際に暴徒となって騒ぐ「フーリガン」になったことも明らかにした。政治に関心を持つようになったのは20歳になってからで、歴史にも関心を抱き始めたという。世界各地を旅行したことも、「ロシア第一主義」という民族主義的な主張を行う原点になったと述べた。「我々について、プーチンよりもたちが悪いということを言う人もいる。プーチンは、自分の民族主義的な見解を公然と語ることはないからだ。しかし、それは偽善だ。私は、常に自らの意見を公開し、恥じたり、隠したりしない」 「我々は『良いことをしている悪者』だと思ってもらえればいい。怖くて頭のおかしい過激派だと思わせておけばいいのだ。もっとも重要なのは、我々が何をしているかということだからだ。命を救う。ウクライナの兵士を助け、市民を守る。我々は侵略者と戦っているのだ」これに対しては「ソビエト崩壊直後の1991年の国境線までロシア軍を撤退させることだ。つまり、ウクライナの領土からのロシア軍の完全撤退だ」と述べ、原理原則を譲らないという立場だった。「そうなれば、実質的にはロシアの勝利だ。休戦なので、ウクライナもロシアも勝利しないが、ロシアは、新たに領土を獲得したことになる。つまり、ロシアは大きくなり、ウクライナは小さくなるということだからだ」 ただ、カプースチン氏は、仮に、ウクライナ国内にロシアによる占領地が残る形で「停戦」や「休戦」になった場合でも、「国際社会はウクライナの味方であることは変わらない」と述べ、「ウクライナが負けたとは単純には言えない」という見方も示した。 インタビューを開始してから、すでに1時間は経過しただろうか。私たちを取り囲むようにカプースチン氏を護衛する武装した覆面の義勇兵たちが、スマホをいじりだしていた。どんなに強面に見えても、そこは、現代の若者たちなのだった。墜落の翌日の8月24日、SNS上にカプースチン氏がワグネルの戦闘員たちに向けて、自分たちに合流するよう呼びかける動画が出回っていた。.
「政治的な見解の違いなどの理由から、自由ロシア軍はロシア義勇軍に入りたくないという人たちの受け皿になっている。我々は右翼的であり、保守的な価値観を重んじ、ロシア人を第一と考える民族主義的な見解を隠していない。結局のところ、『自由ロシア軍』は、我々よりも中道的だということだ」と解説した。自らを「民族主義者」と呼んだカプースチン氏。同じ義勇兵組織の「自由ロシア軍」を「中道的」と評したということは、逆に、自らが「極右」とも呼ばれていることの裏返しでもあった。どのような思想的な背景があるのだろうか。1984年にモスクワで生まれ、17歳のときに両親とともにドイツに渡ったカプースチン氏。モスクワ、キーウ、ドイツのケルンを行き来する生活だったという。母語であるロシア語のほか、英語とドイツ語を話す。ロシアでもドイツでもサッカーに打ち込み、「CSKAモスクワ」や「ケルン」の熱心なファンだった。そして、試合の際に暴徒となって騒ぐ「フーリガン」になったことも明らかにした。政治に関心を持つようになったのは20歳になってからで、歴史にも関心を抱き始めたという。世界各地を旅行したことも、「ロシア第一主義」という民族主義的な主張を行う原点になったと述べた。「我々について、プーチンよりもたちが悪いということを言う人もいる。プーチンは、自分の民族主義的な見解を公然と語ることはないからだ。しかし、それは偽善だ。私は、常に自らの意見を公開し、恥じたり、隠したりしない」 「我々は『良いことをしている悪者』だと思ってもらえればいい。怖くて頭のおかしい過激派だと思わせておけばいいのだ。もっとも重要なのは、我々が何をしているかということだからだ。命を救う。ウクライナの兵士を助け、市民を守る。我々は侵略者と戦っているのだ」これに対しては「ソビエト崩壊直後の1991年の国境線までロシア軍を撤退させることだ。つまり、ウクライナの領土からのロシア軍の完全撤退だ」と述べ、原理原則を譲らないという立場だった。「そうなれば、実質的にはロシアの勝利だ。休戦なので、ウクライナもロシアも勝利しないが、ロシアは、新たに領土を獲得したことになる。つまり、ロシアは大きくなり、ウクライナは小さくなるということだからだ」 ただ、カプースチン氏は、仮に、ウクライナ国内にロシアによる占領地が残る形で「停戦」や「休戦」になった場合でも、「国際社会はウクライナの味方であることは変わらない」と述べ、「ウクライナが負けたとは単純には言えない」という見方も示した。 インタビューを開始してから、すでに1時間は経過しただろうか。私たちを取り囲むようにカプースチン氏を護衛する武装した覆面の義勇兵たちが、スマホをいじりだしていた。どんなに強面に見えても、そこは、現代の若者たちなのだった。墜落の翌日の8月24日、SNS上にカプースチン氏がワグネルの戦闘員たちに向けて、自分たちに合流するよう呼びかける動画が出回っていた。
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