かつて地域のシンボルとして親しまれた巨大なクスノキ(大クス)を通じ、地元の歴史や文化への理解を深めてもらうため、大東市は、諸福天満宮や平野屋新田会所跡といった…
かつて地域のシンボルとして親しまれた巨大なクスノキ(大クス)を通じ、地元の歴史や文化への理解を深めてもらうため、大東市は、諸福天満宮や平野屋新田会所跡といった文化財などが残る古堤街道沿いに休憩所「大クスの館」を整備し、一部をモニュメントとして展示する取り組みを始めた。総事業費は約1000万円。住民や観光客らの憩いの場としての活用も期待されている。ところが開発の波にさらされる形で平成20年、同会所を構成していた建物群が取り壊され、令和3年には大クスも伐採された。これに一部の住民らが「地元のシンボルとして残したい」と声を上げ、4年から大クスの幹の一部が市立泉公園で保存されていた。 市は、歴史や文化の保存活用などを目的に、泉公園内の大クスの幹に防腐処理を施して屋根(幅約7メートル、奥行き約4メートル)を設けるなどし、休憩所を整備。幹は直径約1・2メートル、長さ約2・4メートルに整えられた。休憩所の整備に携わった泉町自治会区長・澁谷信夫さん(75)は「休憩所が一期一会の出会いの場となってほしい。同時に、災害時に多くの人が助け合うことができるまちとなれば」と願っている。(藤崎真生)大阪・京橋から生駒山を越え、現在の奈良・生駒方面へ向かう街道。江戸時代・享保年間刊行の「五畿内誌」には「中垣内越」「古堤路」と記され、明治以降、古堤街道と呼ばれるようになった。街道沿いには享保6(1721)年、両替商の平野屋又右衛門が新田の管理や武家に対する接待のためなどに設けた「平野屋新田会所」跡があり、歴史的遺産として整備されている。.
かつて地域のシンボルとして親しまれた巨大なクスノキ(大クス)を通じ、地元の歴史や文化への理解を深めてもらうため、大東市は、諸福天満宮や平野屋新田会所跡といった文化財などが残る古堤街道沿いに休憩所「大クスの館」を整備し、一部をモニュメントとして展示する取り組みを始めた。総事業費は約1000万円。住民や観光客らの憩いの場としての活用も期待されている。ところが開発の波にさらされる形で平成20年、同会所を構成していた建物群が取り壊され、令和3年には大クスも伐採された。これに一部の住民らが「地元のシンボルとして残したい」と声を上げ、4年から大クスの幹の一部が市立泉公園で保存されていた。 市は、歴史や文化の保存活用などを目的に、泉公園内の大クスの幹に防腐処理を施して屋根(幅約7メートル、奥行き約4メートル)を設けるなどし、休憩所を整備。幹は直径約1・2メートル、長さ約2・4メートルに整えられた。休憩所の整備に携わった泉町自治会区長・澁谷信夫さん(75)は「休憩所が一期一会の出会いの場となってほしい。同時に、災害時に多くの人が助け合うことができるまちとなれば」と願っている。(藤崎真生)大阪・京橋から生駒山を越え、現在の奈良・生駒方面へ向かう街道。江戸時代・享保年間刊行の「五畿内誌」には「中垣内越」「古堤路」と記され、明治以降、古堤街道と呼ばれるようになった。街道沿いには享保6(1721)年、両替商の平野屋又右衛門が新田の管理や武家に対する接待のためなどに設けた「平野屋新田会所」跡があり、歴史的遺産として整備されている。
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