食材として馴染み深いシイタケが、次世代のコンピューター部品になるかもしれない。米国の研究チームが、シイタケの菌糸を培養して記憶素子として機能させることに成功したのだ。安くつくれて環境にも優しいことから、幅広い分野で応用できる可能性がある。
次世代のコンピューターにおいて、「メモリスタ」と呼ばれる記憶素子が注目されている。この技術は電気的な状態を記憶できるという優れた特性をもつ一方で、製造するためには希少な鉱物や大規模な半導体工場を必要とする。 近年では、培養した脳細胞を使った「脳オルガノイド」というバイオプロセッサーも注目されているが、複雑なバイオリアクターでの維持管理が欠かせない。こうしたなか、キノコの菌糸体がメモリスタとして機能することを、米国の研究チームが実証した。 菌糸体とは、枯れ木などに生育する糸状の根のような構造をもつ菌類の集合体で、その一部が特定の条件下で発達したものがキノコである。近年、生分解性を有する機能性バイオポリマー繊維をはじめ、新たな素材源として活発に研究が進められている。 「実際の神経活動を模倣したマイクロチップを開発できれば、マシンが使用されていないときの消費電力を大幅に削減できます」と、研究を主導したオハイオ州立大学医学部のジョン・ラロッコは説明する。「これは技術的にも経済的にも大きな利点となりえます」 環境に優しく低コスト ラロッコらの研究チームは、シイタケとマッシュルームを標準的なペトリ皿で培養し、十分に成長した菌糸を天日干しで乾燥させて保存した。この乾燥保存の過程で、菌糸は硬いディスク状の構造へと変化する。使用時には霧吹きで水分を補給することで、電気的特性が復活するという仕組みだ。 こうして準備したサンプルに電極を接続し、さまざまな電圧と周波数の電流を流して応答を測定した。なお、菌糸は部分ごとに異なる電気的特性をもつことから、接続位置を変えながら最適な条件を探索したという。 およそ2カ月間にわたる実験の結果、シイタケベースのメモリスタは1秒間に最大5,850回、約90%の精度で電気状態を切り替えられることがわかった。特に10Hzの正弦波を1Vで流したとき、理想的なメモリスタの特徴である「ピンチドヒステリシスループ」と呼ばれる8の字型の曲線が現れた。 これは菌糸が電気の流れを記憶している明確な証拠である。研究者たちによると、高い周波数では性能が低下したものの、複数のサンプルを接続することで安定性を取り戻した。この現象は、人間の脳における神経接続のネットワーク効果と酷似しているという。 菌糸でつくったメモリスタの最大の利点は、その持続可能性にある。従来の半導体は、製造に希少な遷移金属酸化物やシリコンベースの構造が欠かせず、廃棄する際の環境負荷も非常に高いという課題が残る。 対照的に菌類は有機バイオマスから得られ、生分解性もあることから環境への影響が極めて少ない。さらに培養コストが低く、ペトリ皿上の小規模実験から工場規模の大量生産まで柔軟に対応できる拡張性も強みである。 多分野に利用できる拡張性 特筆すべきは、このメモリスタが放射線に対して高い耐性をもつ可能性がある点だ。従来の半導体には、宇宙空間の放射線によって誤動作を起こすというリスクが常につきまとう。キノコ由来の部品は、物理的な柔軟性と省エネルギー性に長けているだけでなく、宇宙空間のような過酷な環境下でも正常に機能し続ける可能性を秘めている。 将来的にはキノコの柔軟性と拡張性を生かして、エッジコンピューティングや宇宙探査といったマクロスケールから、自律システムやウェアラブルデバイスといったミクロスケールまで、幅広い分野での活用が期待される。従来の電子部品にはない生物ならではの適応性や自己修復能力を備えたコンピューティング基板が誕生するかもしれない。 ただし、実用化に向けてはいくつかの課題も残されている。現在のサンプルは比較的大きく、既存の一般的なマイクロチップと競い合うためにはさらなる小型化が求められる。また、菌糸は同じ培地で育てても個体ごとに電気的特性が異なることから、安定した製造プロセスの確立が急務である。 研究チームは今後、3Dプリンターを使って理想的な形状に菌糸を成長させる技術や、培養中に電気接点を組み込む手法の開発を目指すとしている。長期保存の手段についても、フリーズドライや特殊コーティングなど、複数の技術を組み合わせた最適な方法を模索中だという。 シイタケという身近な食材が、電子廃棄物問題の解決と次世代コンピューティング技術の開発という相反する難題に一筋の光を投げかけている。 (Edited by Daisuke Takimoto) ※『WIRED』によるコンピューターの関連記事はこちら。 Related Articles キノコの菌からつくる“生きた素材”が、材料工学に革新をもたらす 菌類の力で土壌への炭素貯留を進める 「クリスマスツリーとキノコ」が生み出す、CO2削減の可能性 気鋭のAI研究者たちやユヴァル・ノア・ハラリが語る「人類とAGIの未来」。伝説のゲームクリエイター・小島秀夫や小説家・川上未映子の「創作にかける思い」。大阪・関西万博で壮大なビジョンを実現した建築家・藤本壮介やアーティストの落合陽一。ビル・ゲイツの回顧録。さらには不老不死を追い求める富豪のブライアン・ジョンソン、パリ五輪金メダリストのBガール・AMIまで──。未来をつくるヴォイスが、ここに。グローバルメディア『WIRED』が総力を結集し、世界を動かす“本音”を届ける人気シリーズ「The Big Interview」の決定版!!詳細はこちら。.
次世代のコンピューターにおいて、「メモリスタ」と呼ばれる記憶素子が注目されている。この技術は電気的な状態を記憶できるという優れた特性をもつ一方で、製造するためには希少な鉱物や大規模な半導体工場を必要とする。 近年では、培養した脳細胞を使った「脳オルガノイド」というバイオプロセッサーも注目されているが、複雑なバイオリアクターでの維持管理が欠かせない。こうしたなか、キノコの菌糸体がメモリスタとして機能することを、米国の研究チームが実証した。 菌糸体とは、枯れ木などに生育する糸状の根のような構造をもつ菌類の集合体で、その一部が特定の条件下で発達したものがキノコである。近年、生分解性を有する機能性バイオポリマー繊維をはじめ、新たな素材源として活発に研究が進められている。 「実際の神経活動を模倣したマイクロチップを開発できれば、マシンが使用されていないときの消費電力を大幅に削減できます」と、研究を主導したオハイオ州立大学医学部のジョン・ラロッコは説明する。「これは技術的にも経済的にも大きな利点となりえます」 環境に優しく低コスト ラロッコらの研究チームは、シイタケとマッシュルームを標準的なペトリ皿で培養し、十分に成長した菌糸を天日干しで乾燥させて保存した。この乾燥保存の過程で、菌糸は硬いディスク状の構造へと変化する。使用時には霧吹きで水分を補給することで、電気的特性が復活するという仕組みだ。 こうして準備したサンプルに電極を接続し、さまざまな電圧と周波数の電流を流して応答を測定した。なお、菌糸は部分ごとに異なる電気的特性をもつことから、接続位置を変えながら最適な条件を探索したという。 およそ2カ月間にわたる実験の結果、シイタケベースのメモリスタは1秒間に最大5,850回、約90%の精度で電気状態を切り替えられることがわかった。特に10Hzの正弦波を1Vで流したとき、理想的なメモリスタの特徴である「ピンチドヒステリシスループ」と呼ばれる8の字型の曲線が現れた。 これは菌糸が電気の流れを記憶している明確な証拠である。研究者たちによると、高い周波数では性能が低下したものの、複数のサンプルを接続することで安定性を取り戻した。この現象は、人間の脳における神経接続のネットワーク効果と酷似しているという。 菌糸でつくったメモリスタの最大の利点は、その持続可能性にある。従来の半導体は、製造に希少な遷移金属酸化物やシリコンベースの構造が欠かせず、廃棄する際の環境負荷も非常に高いという課題が残る。 対照的に菌類は有機バイオマスから得られ、生分解性もあることから環境への影響が極めて少ない。さらに培養コストが低く、ペトリ皿上の小規模実験から工場規模の大量生産まで柔軟に対応できる拡張性も強みである。 多分野に利用できる拡張性 特筆すべきは、このメモリスタが放射線に対して高い耐性をもつ可能性がある点だ。従来の半導体には、宇宙空間の放射線によって誤動作を起こすというリスクが常につきまとう。キノコ由来の部品は、物理的な柔軟性と省エネルギー性に長けているだけでなく、宇宙空間のような過酷な環境下でも正常に機能し続ける可能性を秘めている。 将来的にはキノコの柔軟性と拡張性を生かして、エッジコンピューティングや宇宙探査といったマクロスケールから、自律システムやウェアラブルデバイスといったミクロスケールまで、幅広い分野での活用が期待される。従来の電子部品にはない生物ならではの適応性や自己修復能力を備えたコンピューティング基板が誕生するかもしれない。 ただし、実用化に向けてはいくつかの課題も残されている。現在のサンプルは比較的大きく、既存の一般的なマイクロチップと競い合うためにはさらなる小型化が求められる。また、菌糸は同じ培地で育てても個体ごとに電気的特性が異なることから、安定した製造プロセスの確立が急務である。 研究チームは今後、3Dプリンターを使って理想的な形状に菌糸を成長させる技術や、培養中に電気接点を組み込む手法の開発を目指すとしている。長期保存の手段についても、フリーズドライや特殊コーティングなど、複数の技術を組み合わせた最適な方法を模索中だという。 シイタケという身近な食材が、電子廃棄物問題の解決と次世代コンピューティング技術の開発という相反する難題に一筋の光を投げかけている。 (Edited by Daisuke Takimoto) ※『WIRED』によるコンピューターの関連記事はこちら。 Related Articles キノコの菌からつくる“生きた素材”が、材料工学に革新をもたらす 菌類の力で土壌への炭素貯留を進める 「クリスマスツリーとキノコ」が生み出す、CO2削減の可能性 気鋭のAI研究者たちやユヴァル・ノア・ハラリが語る「人類とAGIの未来」。伝説のゲームクリエイター・小島秀夫や小説家・川上未映子の「創作にかける思い」。大阪・関西万博で壮大なビジョンを実現した建築家・藤本壮介やアーティストの落合陽一。ビル・ゲイツの回顧録。さらには不老不死を追い求める富豪のブライアン・ジョンソン、パリ五輪金メダリストのBガール・AMIまで──。未来をつくるヴォイスが、ここに。グローバルメディア『WIRED』が総力を結集し、世界を動かす“本音”を届ける人気シリーズ「The Big Interview」の決定版!!詳細はこちら。
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