「今帰仁宮古ノ子(ね)」富原盛勇 沖縄最古のレコード <島唄を求めて>1曲目 小浜司 - 琉球新報デジタル
琉球民謡=島うたの原風景は、古(いにしえ)の毛遊びを回顧すれば自ずと浮かんでくる。生前の嘉手苅林昌は「昔の仕事はしたたか苦しかったけど、とにかく『毛遊び』は楽しかった」と、筆者に話した。そう、“うた”には人間の思いもよらない人智を超えた大きな「エネルギー」があるのだ。若者の恋愛の場=毛(野原)での歌遊びこそ、かつて庶民の最大の娯楽であり、相互のコミュニケーションの手段の場でもあった。沖縄の農村の生活の中心は“うた”であり、人々は歌という言霊で神と語り、踊り遊び、恋をした。面と向かって告白できない思いも、歌でもって胸内の想いを語った。共同体には、芸能の使者が存在し、彼は三絃を駆使し、心の情熱を「毛」に伝えたのだった。さて、毛遊びで最も歌われた、遊び歌の横綱といえば「ナークニー」である。その「場」の雰囲気に応じた歌詞(琉歌)を乗せ、即興で自由に自分自身の気持ちを伝えられる歌。「宮古根」あるいは「宮古音」と当て、「ミャークニー」「ミャークンニー」「マークンニー」とも言い「宮古風なうた」とでも訳できようか。何やら宮古の旋律との関わりがありそうだが、そこら辺の詮索は追い追いすることとして、今回はその音源、レコードについて考察したい。高江洲義寛著「沖縄音楽総目録X」(沖縄タイムス社)に「沖縄レコードうらばなし」として普久原朝喜(1903~82)の談話が記載されている。実に興味深いので引用する。「私が沖縄民謡のレコードを作ろうと思い立ったのは、今から50年ほど前の大正7、8年頃であった。当時、沖縄民謡の先輩格にあった、富原盛じゅうさん(盛じゅうのじゅうの字は忘れたが)のレコードの「宮古根」と「山原汀間当」を聞いて、私は非常な感激を覚えた」(普久原朝喜「創立当時のマルフクレコード」)。 普久原朝喜といえばチコンキーフクバルと呼ばれ、1927年大阪にて「マルフクレコード」を立ち上げた、現代沖縄音楽の元祖的存在として知られた人物。そんな普久原朝喜その人の一生を決定づけた歌。後にいわゆる「トンバルナークニー」と称され、三絃弾きの憧れであり、後世に最も影響を与えた本家本元のレコードだが、長い間“幻の音源”とされてきた。筆者も編集に加わった月刊「藝能新聞ばん」(発行人・備瀬善勝 2004~05)紙上でも10万円の懸賞金をつけて求めたが、それでも入手できなかった。時は流れて2022年、筆者は「沖縄本土復帰50周年『沖縄・記憶と記録』プロジェクト」(プロデューサー・立川直樹、杉山恒太郎)の一環としてCD5枚組「沖縄の音楽 記憶と記録」(よしもとミュージック)のディレクションを任された。目玉となる歴史的な歌を探しているとき「トゥンバルナークニー」のSP盤レコードを所有しているコレクターを友人から紹介された。録音させて欲しいと頼むと、氏は快く承諾してくれた。その復刻録音は、東京のビクター特別スタジオにて行われ、筆者も立ち会った。大正5年(1916)録音「今帰仁宮古ノ子(ね)」(オリエンタルレコード)のSP盤レコード。手に取ってみた。如何にもと思える、シックなラクダ印の興味をそそられるレーベル。針が落とされ録音が開始された。音が響いた。すごかった。驚いた。そして違っていた。 前記のCD「富原盛勇のナークニー」とは別物だった。しかし、その聴きづらい三絃の音色の奥底から、琉球民謡の原風景の幻がよみがえって来る気がした。沖縄音楽の一番最初のSP盤レコードの1曲とされる「今帰仁宮古ノ子」を「沖縄の音楽 記憶と記録」にデジタル音源として収録することができた瞬間であった。 ちなみにCD「富原盛勇のナークニー」は高知大学教授・高橋美樹作成の「琉球ツルレコードのディスコグラフィー」(2022年「高知大学教育学部研究報告」第82号)を参照すると、1929年録音の「今帰仁宮古トウガネー」ではないかと筆者は思っているが、原盤は残念ながら聴いていない。 富原盛勇(1875~1930)明治5年、那覇市繁多川生まれ。大城學著『沖縄新民謡の系譜』によると「富原は、10歳の頃から三絃を覚え、14、5歳の頃には、寝ている富原を棒でつついて起こして毛遊びに誘って三絃を演奏させた」とある。その後、寒川芝居(1892年に建てられた首里演芸場)の団員となり、地謡をつとめながら組踊にも出演し、女形には定評があった。前掲書のディスコグラフィーを見れば、琉球ツルレコードでの吹き込みが結構あることが分かる。従来の古典音楽にはない、サグ(装飾音)を多用する奏法で人気を博した。それが歌遊びの場によって磨かれたものであったのは間違いない。 小浜司(こはま・つかさ 1959年本部町生まれ。那覇市と宜野湾市で育ち、大学卒業後に東京へ。東南アジアなどを放浪し、沖縄に戻って嘉手苅林昌や大城美佐子ら多くの民謡歌手の舞台、CDのプロデュースを手がける。著書に「島唄レコード百花繚乱」「島唄を歩く」1、2など。大正5年発売のレコード「今帰仁宮古ノ子」は、いわゆる現在「山原ナークニー」と称されるスタンダードな「ナークニー」の歌詞を歌っている。つまり、1910年代の毛遊びで定番としても歌われていたという事実が推察されよう。チラシは「山原汀間当」としたが、「山原汀間当」の節に「加那よー」の歌詞を乗せ、「加那よー」とごちゃ混ぜになっている。二番は歌詞もアレンジして歌われ、遊び歌ならではの自由さが伺える。「うちゃがゆてぃ」とは「浮き上がって」の意。 今年3月、「沖縄レコード音楽史」(ミネルヴァ書房)が出版された。高知大学教授・高橋美樹が沖縄ポピュラー音楽の歴史を紐解きながら、戦前から21世紀に巻き起こる沖縄音楽ブーム前までの沖縄レコード(CD)音楽史研究に正面から取り組んだ研究本。高橋によると「1915年、森楽器店(那覇市石門通り)の主人・森宗十郎が大阪から録音技師(樫尾)を呼び寄せ、奥武山公園内城間氏別邸で録音した」。それが20枚にも及ぶ、歴史的な沖縄初のレコード録音であった。大正年間中期にすでに琉球芸能が成熟期を迎えていたということを示している。金武良仁、伊差川世瑞、池宮城喜輝、永村清蒲等、時代を代表する演奏家がこぞって参加しているが、富原盛勇もその中の一人であった。同じ音源のレコードレーベルも大阪の白熊印から京都のラクダ印へと移行するのだが、その経過は「沖縄レコード音楽史」に譲るとしよう。.
琉球民謡=島うたの原風景は、古(いにしえ)の毛遊びを回顧すれば自ずと浮かんでくる。生前の嘉手苅林昌は「昔の仕事はしたたか苦しかったけど、とにかく『毛遊び』は楽しかった」と、筆者に話した。そう、“うた”には人間の思いもよらない人智を超えた大きな「エネルギー」があるのだ。若者の恋愛の場=毛(野原)での歌遊びこそ、かつて庶民の最大の娯楽であり、相互のコミュニケーションの手段の場でもあった。沖縄の農村の生活の中心は“うた”であり、人々は歌という言霊で神と語り、踊り遊び、恋をした。面と向かって告白できない思いも、歌でもって胸内の想いを語った。共同体には、芸能の使者が存在し、彼は三絃を駆使し、心の情熱を「毛」に伝えたのだった。さて、毛遊びで最も歌われた、遊び歌の横綱といえば「ナークニー」である。その「場」の雰囲気に応じた歌詞(琉歌)を乗せ、即興で自由に自分自身の気持ちを伝えられる歌。「宮古根」あるいは「宮古音」と当て、「ミャークニー」「ミャークンニー」「マークンニー」とも言い「宮古風なうた」とでも訳できようか。何やら宮古の旋律との関わりがありそうだが、そこら辺の詮索は追い追いすることとして、今回はその音源、レコードについて考察したい。高江洲義寛著「沖縄音楽総目録X」(沖縄タイムス社)に「沖縄レコードうらばなし」として普久原朝喜(1903~82)の談話が記載されている。実に興味深いので引用する。「私が沖縄民謡のレコードを作ろうと思い立ったのは、今から50年ほど前の大正7、8年頃であった。当時、沖縄民謡の先輩格にあった、富原盛じゅうさん(盛じゅうのじゅうの字は忘れたが)のレコードの「宮古根」と「山原汀間当」を聞いて、私は非常な感激を覚えた」(普久原朝喜「創立当時のマルフクレコード」)。 普久原朝喜といえばチコンキーフクバルと呼ばれ、1927年大阪にて「マルフクレコード」を立ち上げた、現代沖縄音楽の元祖的存在として知られた人物。そんな普久原朝喜その人の一生を決定づけた歌。後にいわゆる「トンバルナークニー」と称され、三絃弾きの憧れであり、後世に最も影響を与えた本家本元のレコードだが、長い間“幻の音源”とされてきた。筆者も編集に加わった月刊「藝能新聞ばん」(発行人・備瀬善勝 2004~05)紙上でも10万円の懸賞金をつけて求めたが、それでも入手できなかった。時は流れて2022年、筆者は「沖縄本土復帰50周年『沖縄・記憶と記録』プロジェクト」(プロデューサー・立川直樹、杉山恒太郎)の一環としてCD5枚組「沖縄の音楽 記憶と記録」(よしもとミュージック)のディレクションを任された。目玉となる歴史的な歌を探しているとき「トゥンバルナークニー」のSP盤レコードを所有しているコレクターを友人から紹介された。録音させて欲しいと頼むと、氏は快く承諾してくれた。その復刻録音は、東京のビクター特別スタジオにて行われ、筆者も立ち会った。大正5年(1916)録音「今帰仁宮古ノ子(ね)」(オリエンタルレコード)のSP盤レコード。手に取ってみた。如何にもと思える、シックなラクダ印の興味をそそられるレーベル。針が落とされ録音が開始された。音が響いた。すごかった。驚いた。そして違っていた。 前記のCD「富原盛勇のナークニー」とは別物だった。しかし、その聴きづらい三絃の音色の奥底から、琉球民謡の原風景の幻がよみがえって来る気がした。沖縄音楽の一番最初のSP盤レコードの1曲とされる「今帰仁宮古ノ子」を「沖縄の音楽 記憶と記録」にデジタル音源として収録することができた瞬間であった。 ちなみにCD「富原盛勇のナークニー」は高知大学教授・高橋美樹作成の「琉球ツルレコードのディスコグラフィー」(2022年「高知大学教育学部研究報告」第82号)を参照すると、1929年録音の「今帰仁宮古トウガネー」ではないかと筆者は思っているが、原盤は残念ながら聴いていない。 富原盛勇(1875~1930)明治5年、那覇市繁多川生まれ。大城學著『沖縄新民謡の系譜』によると「富原は、10歳の頃から三絃を覚え、14、5歳の頃には、寝ている富原を棒でつついて起こして毛遊びに誘って三絃を演奏させた」とある。その後、寒川芝居(1892年に建てられた首里演芸場)の団員となり、地謡をつとめながら組踊にも出演し、女形には定評があった。前掲書のディスコグラフィーを見れば、琉球ツルレコードでの吹き込みが結構あることが分かる。従来の古典音楽にはない、サグ(装飾音)を多用する奏法で人気を博した。それが歌遊びの場によって磨かれたものであったのは間違いない。 小浜司(こはま・つかさ 1959年本部町生まれ。那覇市と宜野湾市で育ち、大学卒業後に東京へ。東南アジアなどを放浪し、沖縄に戻って嘉手苅林昌や大城美佐子ら多くの民謡歌手の舞台、CDのプロデュースを手がける。著書に「島唄レコード百花繚乱」「島唄を歩く」1、2など。大正5年発売のレコード「今帰仁宮古ノ子」は、いわゆる現在「山原ナークニー」と称されるスタンダードな「ナークニー」の歌詞を歌っている。つまり、1910年代の毛遊びで定番としても歌われていたという事実が推察されよう。チラシは「山原汀間当」としたが、「山原汀間当」の節に「加那よー」の歌詞を乗せ、「加那よー」とごちゃ混ぜになっている。二番は歌詞もアレンジして歌われ、遊び歌ならではの自由さが伺える。「うちゃがゆてぃ」とは「浮き上がって」の意。 今年3月、「沖縄レコード音楽史」(ミネルヴァ書房)が出版された。高知大学教授・高橋美樹が沖縄ポピュラー音楽の歴史を紐解きながら、戦前から21世紀に巻き起こる沖縄音楽ブーム前までの沖縄レコード(CD)音楽史研究に正面から取り組んだ研究本。高橋によると「1915年、森楽器店(那覇市石門通り)の主人・森宗十郎が大阪から録音技師(樫尾)を呼び寄せ、奥武山公園内城間氏別邸で録音した」。それが20枚にも及ぶ、歴史的な沖縄初のレコード録音であった。大正年間中期にすでに琉球芸能が成熟期を迎えていたということを示している。金武良仁、伊差川世瑞、池宮城喜輝、永村清蒲等、時代を代表する演奏家がこぞって参加しているが、富原盛勇もその中の一人であった。同じ音源のレコードレーベルも大阪の白熊印から京都のラクダ印へと移行するのだが、その経過は「沖縄レコード音楽史」に譲るとしよう。
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